イモリの池

近所には裏山があり、春から秋にかけてはハイキングやキャンプ、また僕らの遊び場として親しまれていた。裏山といっても南アルプスの前衛山でもあり、頂上まで登るにはそれなりの体力を要する山である。
その山の8合目あたりだろうか、小さな自然の池がある。そこには多種多様な生物が生息しているのだが、その中でもイモリがたくさん住んでいることで有名な池でもある。有名といっても僕らの中での有名であり、世間的にはそれほど認知されていないだろう。
記憶は定かではないが、自治体の主催する子供向けキャンプか何かの催しに参加した帰り道にその池に立ち寄った。普段はまったく人気のない樹木の覆い繁ったひっそりとした小さな池である。水は常に緑色に濁っていて、足を踏み入れるのは躊躇するような池である。何か”ヌシ”でも棲んでいそうな雰囲気である。
僕らが池のほとりで休憩していたときに足元の草むらからチョロチョロと何かが動くのが見えた。この辺りはマムシもたくさんいると聞いていたので、蛇かなと思い慌ててその場所から飛び跳ねて距離をとったのだが、その草むらから顔を出したのは蛇ではなくトカゲであった。当時カナヘビというトカゲは家の周囲にたくさん生息していたので、「なんだぁ、トカゲか」という程度の驚きであったが、よくよく見ると見慣れたカナヘビとは色も大きさも微妙に違う。そして何よりも違いを感じたのは、お腹の部分の色が真っ赤な色をしていたのである。
そんなことを思っているうちにそのカナヘビらしき生き物は池の中にポチャンと飛び込み水面を泳いで行ってしまった。後に父にその話をしたら、それはイモリという生き物であり、カエルの仲間だそうだ。この池だけではなくわりと全国的に生息しているらしい。それ以来、僕のイモリに対する興味は高まっていったのである。
それから数年後、あの池でやっと再会できたのである。意外とおとなしい生き物で見た目のグロテスクさよりもむしろ愛嬌のある生き物であることがわかった。生け捕りして家に持ち帰ろうとしたが、父に反対され池に返した。それ以来僕の中ではイモリは池の”ヌシ”になったのだ。今でもその池は存在している。山自体が観光地化されてきているので、密かに生態系に影響していないか気にはなっているのだが、いまでもたくさんのイモリが生息していることを願うばかりである。