乳歯

小学校低学年の頃は乳歯がよく抜けた。だいたい固い煎餅とか食べた時に、ちょっとだけ痛みを感じて歯を触ってみると、歯が安定性を欠きグラグラしているのがわかる。その時点で抜こうとして力を入れると、さらに痛みが伴うのだ。だからしばらく数日間は我慢してそのままにしておく。そうすると日増しに歯の安定性が悪くなり、いよいよ抜き頃なのである。とはいっても、それでも自分で抜こうとすると痛いのである。時々知らない間に痛みも何もなく抜けることもあったのだが、こういったケースは稀であった気がする。大抵は自分で我慢して抜いていた気がする。それでも勇気がいるのである。
抜く瞬間というのは一瞬なりとも痛みを伴うのである。ある日僕のそんな様子を父が見兼ねて糸を持ってきた。その糸で何をするかというと、「口を開けなさい」と言って、糸を抜けそうな乳歯に縛りつけた。一瞬のことで僕自身訳が分からなかったが、父が「これでよし」といった瞬間にいきなり糸を引っ張ったのだ。痛いと声を出す間もなく、あっけなく一瞬で抜けてしまった。引っ張るという予告もなく一瞬の出来事だったので、何があったのかさえも分からずに混乱してしまった。
父が差し出した掌には、抜けた歪な乳歯が転がっていた。当然僕は予告なしに抜かれたことに腹が立ったわけだが、それよりも簡単にあっけなく抜けたことに対して感激した。
ところで下顎の乳歯が抜けると屋根の上に、上顎の乳歯が抜けると縁の下に放り投げるのも慣習だと思うが、当時は皆同じようにやっていた。あれはどこの地域でもやっていたのだろうか?今でこそ歯を抜くということは、虫歯にでもならない限り経験することはないのだが、できるなら今後も歯は抜きたくない。そのためには普段から歯の手入れはしっかりやらないといけない。なんだか虫歯予防の宣伝みたいになってしまったが。